[エッセイ]理想的眼鏡との出会い、そして別れ

2017年2月1日

私立女子校に通う女子なんて、学校内での男性とのふれあいといえば
先生か、もしくは自販機に補充に来る職員くらいのものである。
同世代の男子高校生と話す機会など、普通に過ごしていたらほとんど恵まれない。

当時芸人のおっかけはしていたが、相手は一応芸能人だし、年上だ。
私は同世代の異性に対して免疫のない女子だった。
ましてや恋をするなんて、少女漫画でしか見ることのできない未知の世界だった。

そんな私が高校二年の冬から塾に通いはじめた。
そこにはたくさんの高校生……。もちろん男子もいる。
緊張した。
無駄に意識しないように、意識した。
とりあえず塾に行く日はスカートを一段余計に折ってみた。

その塾は日芸専門塾だったため、みんな同じ目標を持った仲間だった。
芸術学部内は全8学科。映画、写真、放送、美術、演劇、音楽、デザイン、そして文芸。
何学科を目指してるの? という会話が自然と繰り広げられ、女子とはすぐに仲良くなる。
しかし私が密かに気になっていたのは、いつも私の右斜め前に座る男の子だった。

黒縁眼鏡に、ワックスのついた柔らかい黒髪、親指の辺りまでのばした、いわゆる萌袖、けだるげな雰囲気・・・・・・
この人、バンドでベース弾いてそう。
しかも腰の辺りまで細い手を伸ばしてだるそうに弾いてそう。
お洒落だから写真学科志望かな? クールだし、猫派っぽいな。
話かけることもできないのに、すっかり彼に関して妄想する日々がはじまった。
勉強? ちゃんとしてましたよ。

彼のおかげか、私の中で空前の黒縁眼鏡ブームがおこった。
塾の休み時間、「君に届け」という少女漫画の登場人物全員に眼鏡を描きこむという、
人生でも三本の指に入るくらい無駄な作業に没頭していたとき、
友達を交えて彼と話す機会が訪れた。
私はとりあえず、かけていた眼鏡を外し、ひとつに結っていた髪ゴムを外した。

「洋楽好きなんだよねー」
と彼は言った。
幸い、私も洋楽が好きだったため、
「何聴くの?」
と頑張って話を繋ぐ。
なのだが。
「SUM41とか」
といただいた回答に対して、
なるほどぉ~、というつまらない反応しかできなかった当時の私のコミュ力のなさを悔やみたい。
アヴリルラヴィーンと結婚した人ね、パンク好きなんだね、じゃあグッドシャーロットとかマイケミも聴く?
と、得意な音楽の話題ならなんでもいいようがあっただろうに。
残念ながら話はそこで終了してしまった。

授業中は、彼の後ろ姿のイラストを描いていた。
この位置からだと、彼の眼鏡のレンズが僅かに見え、そこから彼が見ている世界が見えるような気がした。
この角度がとても好きだな、と思った。
はぁ、いい。かっこいい。眼鏡素敵。と、完全に恋していた。
勉強? ちゃんとしてましたよ。

その後は何事もなかった。私は受験に合格し、舞い上がって彼のことなどすっかり忘れていた。当時の私の恋心なんて、こんなもんだ。

しかし入学して、彼に再び出会ったのだ。
「あれ、塾のF君だよね?」
一緒に居た友達から言われて気が付いた。
思わず目を疑った。

彼は新入生のステージでダンスを踊っていた。
新緑の下。汗をかいて。笑顔で。なんだかよくわからないダンスを。懸命に。
そして眼鏡は、なぜか銀縁に変わっていた。指にちょっと力を入れれば折れ曲がってしまいそうな、柔らかそうなフレームの眼鏡に。

私はひどくショックを受けた。
クールだと思っていた彼が物凄くはっちゃけて変顔のダンスをしていたことにではない。
大好きだった眼鏡が変わっていたことに、である。

あぁ、なぜ。なぜ。
心の中で眼鏡がバリーンと割れたような鈍い音がした。
こうして私の、恋ともつかない何かが終わった。

初めてみた彼の笑顔は眩しかった。銀縁が春の陽差しに輝いていた。
予備校時代の黒縁眼鏡が走馬灯のように頭に浮かんでは消え、溢れる悲しみに絶句したまま、
失われた眼鏡はきちんと保管されているのか、ただそれだけはステージに昇って問いただしたくてたまらなかった。