[エッセイ]ふんわり呪ってます。

2017年2月2日

誰かに対して呪ってやる!という強い気持ちを持ったことはあるだろうか。

正直に告白するなら、私はある。

くそー、と顔を歪め、そいつが去っていく背中を視線でいつまでも追ったことがある。

ティッシュ配りのバイトをすると、きっと経験することだろう。

 

昨年の夏前、人生で最も金がなかった。

仕事をやめてから半年ほど無職だったからだ。

このままではなにもできずに自堕落な夏を過ごすことになると焦った私は、

焦ってティッシュ配りの単発アルバイトに登録した。

それも、素顔を晒して「どうぞ」と渡すタイプのものではなく、

キグルミ――それも恐ろしく不気味なキグルミ――を着て、駅前でティッシュを配るバイトだった。

普通のものよりわずかに給料がよかった。

恥ずかしいとか言ってる場合ではない。顔が出ないならまぁいいか。単純にそう思った。

 

しかし、いざやってみるとこんなにハードなことはない。

ふつうに暑いし、口許も塞がっているので息も苦しい。

別にイメージを守る必要のある有名なゆるキャラでもないので普通に喋らなくてはならず、

「○○です、お願いしまぁす」と愛想よく言って渡すのだが、

声のボリュームを普段の五倍くらい上げなければ外界まで届かないし、

唇がキグルミのざらついた内側に触れて、かさかさに乾燥して口を開くたびに痛みを伴う。

 

さらにこの不気味なキグルミ・・・

詳細は書けないがかなり奇妙な様相で、道行く人が見世物小屋に売られる悲しき怪物を見るような、

ゴミ捨て場に積まれた雨ざらしのエロ本を見るような眼をして去っていくので、かなり心がえぐられる。

「え、なにあれ。やだー」

「ママ怖いよ」

「ぎゃははウケる」

ウケてくれるならいい。無言で引かれるのが一番こたえた。

 

何が悲しくてこんなことをしているのだろう・・・・・・

人としての尊厳を失ってまで金を得る必要はあるのだろうか・・・・・・

悲しき怪物の気持ちが、今なら痛いほどわかる・・・・・・

いろいろ考えたけれど、やはり恥じより金だ。

私は無になってひたすらティッシュを配った。

 

しかしいくら無になろうとしても、修行僧でもあるまいしやはり心は動く。

たまに心優しいカップルで、ほんわかした女の子が

「ありがとう、頑張ってください」

なんて声を掛けてくれると、この子は天使ではあるまいかと、キモいキグルミの奥で涙が出そうになるし、

彼氏はこんないい子を手放すんじゃないよ、この二人に幸あれ、と背中を見送りながら祈りをささげる。

 

反対に、「なにあれきもいんだけど」と言って話題にし、くすくす笑うくせにティッシュを貰ってくれないとか

「こわぁい」と可愛いこぶって彼氏の後ろに隠れる女なんかは、

労働によって疲れ、イライラゲージが溜まっているのもあり、もうめちゃくちゃに呪う。

この夏休みで後々辛くなるくらいのいい思い出をつくって、

幸せな写真を集めたアルバムなんかも作っちゃったというのに、なんやかんやあって夏明けには別れろ、と邪悪な念を送る。

だから、たかがティッシュ配りと思って侮らないほうがよい。

 

このバイトを経験してから、私は道端で見かけるティッシュ配りに対してやさしくなった。

それまでは普通にスル―してしまう人間だったが、

ティッシュは貰ってあげるようになったし、お疲れ様です、と声をかけて天使を演じるようにもなった。

 

今後そういったバイトをしている人間をみかけたら、

なるべく貰ってあげてほしい。

もし貰いたくないのなら、遠くからその人間にわからないようにそっと避けて道を変えたほうがいいだろう。

さもなくば、疲れ切った彼らから知らぬ間に陰湿な呪いをかけられてしまうかもしれない。

エッセイ

Posted by ayapan