[書評]最果てアーケード 小川洋子

2017年2月20日

最果てアーケード 小川洋子

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作家にはそれぞれ色があると思う。

 

たとえば芥川龍之介はぼやけた海老茶色、宮沢賢治は眩しい黄色、

江国香織は透明な冷たい青、宮部みゆきは鋭いグレー・・・・・・

といった具合に、ぼんやりと、彼等の書く文章には独特な色が滲みでている。

読んでいる自分の心理状態も関係しているかと思ったが、そうではなかった。

作品そのものというより、作家の文章自体に、色を感じるのだ。

あくまで例にあげたのは私のイメージであり、読み手の捉え方によって変わるものだろうけど。

 

小川洋子は、真っ白だ。

どんなときでも清潔で丁寧で、濁りひとつないミルクのような白。

その潔癖なまでの白は、静粛な空気を汚すことなく日常をこなす人々の、

どこか奇妙な物語を淡々と紡いでいくのに適しているだろう。

白い言葉は彼女の手によってあるべき場所にきちんとおさめられ、いつ見ても行儀よくそこに座っている。

だから読んでいて、とっても心地よい。

 

この作品の舞台は小さなアーケードである。

しかし只のアーケードではなく、

「一体こんなもの、誰が買うの?」

というものを売っている不思議な場所だ。

使用済みの絵葉書、ドアノブ、義眼、レースの切れ端、輪っか・・・・・・

それぞれの店の主人たちは、そして品物たちは、いつかそれを本当に必要としている人が扉を開けて訪れるのを待っている。

 

作中の人物は、皆なにかを失っており、連作短編の物語が進むにつれて漂う悲しみは色濃くなってゆく。

アーケードは生者と死者を結びつけ、その境目を曖昧にする場所だった。

故人の遺髪や勲章を売り買いし、そうしていつまでも人々の記憶に残り、死んだ人間の想いは受け継がれていく。

此処にはいつも死が影のように寄り添っているせいか、触れればすぐに壊れそうなほど繊細で、

厳かな雰囲気が流れているように感じた。

 

決してドラマチックな展開があるわけではない。

涙がでたり、笑えたりするわけでもない。

「前向きに生きよう!」などという勝手なメッセージを携えてもいない。

だけど、この作品は読み進めていくほど、森の奥のようなひんやりとした世界が癖になり、

もっとたくさんの個性的な店を覗いてみたい気分にさせるのだ。

 

読み終えると目の前にあるごく普通の品ひとつひとつが、自分の為にあしらえたように特別で、

どこか愛らしく感じられるようになるだろう。

まるでいい映画をみた後のように、或いはアーケードの屋根にある、偽ステンドグラスの光の溜まりに足を浸すように、

自分の日常が少しだけ美しく見える気がした。

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Posted by ayapan