[映画]ラ・ラ・ランド

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[あらすじ]

ジャズピアニストとしていつか自分の店を持ちたいと願うセバスチャンと、女優としてデビューしたいミア。
恋に落ちた二人は、お互いに夢を応援し合っていたが、セバスチャンが自分の理想とは異なるバンドに加入し、成功していくのをきっかけに、ふたりは次第にすれ違っていく。

素敵な音楽と踊りで、ありきたりなストーリーに色を添えている。観る者を夢のような世界に誘う。

 

2017年 アカデミー賞最多6部門獲得  ゴールデングローブ賞受賞

126分。アメリカ 2017/3・7現在公開中

 

 

(ネタバレしないつもりだったのですがなんかもうふつうに書いちゃいました。

観た人、そしてだいたいの筋がわかっている人は読んでください。)

 

 

↓↓↓↓

 

 

ほんとうにタイミングは大事。

 

恋愛について書くべきか、

それとも夢を追う二人について書くべきか。

悩んで悩んで推敲して、

結局最初の一行を捻り出すのに、情けない、なんと1時間もかかってしまった。

いい文章が書けそうだな、と思ってパソコンの前に座った途端、

コーヒーを零してしまい、すっかり書き出しの文を忘れてしまった。

ほんとうに間が悪いコーヒー。

もう少し書き終えたところで、零れてくれればよかったのに。

 

 

「え、なに、これって、ミュージカル映画なの?

サウンドオブミュージックは好きだけど、それ以外あまり受け付けないんだよな。

フラッシュモブみたいな雰囲気とか寒いし。

なんで日常の中で突然踊るの? 歌うの? ディズニー映画なの?

意味がわからない。」

 

そう思いながらもずっと気になっていたわけは、

アカデミー賞の前代未聞のミスが話題になったからでも、

ライアン・ゴズリングの寂しいわんこみたいな顔に以前から恋していたからでもない。

この映画の主軸となっているのが、ミュージカル映画にありがちなポップミュージックではなくジャズだったからだ。

 

ジャズはいい。

なにがいいって、まず単純にかっこいい。

難しいことはわからないけれど、ただ独特なリズムが好きだから聴いている。

でも聴くだけじゃなくて演奏しているところを生で見て、目でも音を感じると、

奏者が息を合わせる瞬間の楽しそうなこと、幸せそうなこと。

演奏しながら会話している、ってセバスチャンは劇中で身を乗り出してジャズを語っていたけれど、

彼の言うとおり、アドリブで音楽を楽しんでいる姿って観ているこちらもわくわくしてくる。

 

セバスチャンが奏でるピアノの音色に誘われるようにして、ふらふらとジャズバーに入るミア。

のちに彼に向かって「ジャズは嫌い」と言い放つのだが、彼女はきっとはじめから、

潜在的にこの音楽が好きだったはずだ。

BGMとしてカフェなどで流れているジャズではなく、彼が愛してやまない、生のライブで奏でられる熱のこもったジャズが。

 

古き良きジャズを思う存分演奏することができるような自分の店を開く夢を持つセバスチャン。

そして、誰もが振り返るような成功した女優になるべく夢を追うミア。

道は違うけれど、同じように才能がものをいう世界に飛び込もうとする二人は次第に惹かれあっていく。

 

映画館でスクリーンを見つめたまま、手を少しずつ少しずつ寄せていく二人。

はやく手を繋ぎたい。でも、この届きそうで届かないもどかしい時間も心ゆくまで味わいたい。

小指が触れただけでうれしいような甘い初恋の気分が、手のアップのシーンだけでぞくぞくと伝わってきた。

 

そしてこのあたりから、だんだん主演のライアン・ゴズリングの犬顔がかわいくなってくる。

「君に読む物語」に出演していたときもそうだったが、この俳優さん、かっこいいんだけどすっごくイケメンかと言われればそういうわけでもないし、でも長く見ているほどかわいくなってくるタイプだ。

映画館の前でスーツを着て待ちぼうけてる彼の、もしかしてすっぽかされた?と手を上げる姿がすごくキュートだった。

ちょっとさびしそうな雰囲気がめちゃくちゃ似合う。かわいい。飼いたい。

 

 

さて・・・・・・話をストーリーへ戻そう。

まず私が思う彼とミアの決定的な違いは、元々才能が認められていたという点だ。

セバスチャンは腕がいいということで認められ、バンドに誘われて、理想とは異なるが音楽業界で成功の道を着実に歩んでいくことができた。

だが、ミアはどうだろう。

オーディションに行けば一言喋っただけで落とされるし、

舞台のひとり芝居では大根役者と揶揄される。

タイミング悪く演技中に電話がかかってきたり、服にコーヒーをかけられたり。

最悪だ。

最終的には見初められるのだから才能はあったのだろうが、

周りからの酷評っぷりをみると夢を諦めようと思うのも頷ける。彼女の運命は最悪だった。

 

しかし、芸能の世界は才能があるだけでもやっていけないもので、

人との出会いやタイミングが大きくかかわってくる。

 

ミアの人生最大の幸運は、運命を変えてくれる人物にきちんと出会えたこと。

 

それはパーティーで直接映画出演に誘ってくれるプロデューサーたちではなく、

どんなときでも自分を信じてくれて、自信をなくしたときには鼓舞し、

脚本を書いて芝居をしてみたらという素晴らしい提案をしてくれたセバスチャンだ。

彼に出会えたことで彼女の運命は遠回りしながらも大きく変わることになった。

 

あのとき彼とパーティーで再会していなかったら。

彼が実家に迎えにきてくれなかったら。

運命は変わっていたかもしれない。

 

そしてもちろん恋愛も、相性のよさだけではうまくいかない。

彼女と親の電話を聞いていなかったら。

彼は自分のやりたいことを曲げてまで成功を目指しただろうか。

ふたりでパリに行けていたら。

なにかが違っただろう。

 

ほんとうに、タイミングって大事。改めて思う。

 

 

例えば五年後、渋滞中に二人が再び偶然出会って、幸せなクラクションを鳴らして踊るようなハリウッド的ハッピーエンドにもすることはできたと思う。

ミュージカル映画としてはそちらのほうが正解なのかもしれない。

でも痛いほどの現実を突き付けてくれたからこそ、この映画は心に響いた。

 

もしもあの時こうしていたら、もしもあのときこうなっていたら、

もしも、もしも・・・・・・

 

私たちも普段、こうして空想する。

あのときの判断は正しかったのか、あとからしても仕方がない後悔を何度もする。

こうやって繰り返されるもしもの空想物語は踊りと音楽でより幸せに色をつけるが、しかし現実との乖離があればあるほど残酷だった。

 

この作品は、ぜひ映画館で観てほしい。

物語を邪魔せず、そっと雰囲気を作るような形で歌と音楽が寄り添っているだけだから気にもならないし、
私みたいにミュージカルのような映画は嫌いだという人にこそ、
バカバカしいほど幸せそうな歌と踊りがむしろ切なさを助長するということを巨大なスクリーンの前でびしびし感じてもらいたい。

そしてこの作品で作用するミュージカルの効果は、ファンタジーのようでファンタジーでない。
夜景を前にいきなりタップダンスをはじめる二人は夢のように美しいが、きちんとタップシューズに履き替える現実的な彼女のおかげで、やっぱりただのロマンチックなシーンとしては済まされなかった。

 

 

彼女が描いた店のロゴを使い、いつまでも彼女との世界を夢見続ける男と、

夢を叶え、五年前のことなど忘れてあっさり現実の世界に引き下がっていく女。

 

ミアと目が合い、微笑むことしかできなかったロマンチストな彼の代わりに、

私はいま、泣き出したくってたまらなくなっている。

 

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Posted by ayapan