[エッセイ]探偵社で2年8か月働いてみた話

IMG_5310大学を卒業し、探偵社に新卒で入社した。

私は調査部に配属となった。

(探偵社に入るときの就活の話は以前書いたのでこちらも併せて読んでいただきたい)

 

 

いろいろあって、なんとか私が転がり込んだ探偵社は、探偵業界の中ではわりと大手だったが、

すごくゆるい仕事内容で、驚くほどぬくぬくとした毎日を過ごしていた。

3年くらいで辞めます、と宣言したけれど、2年が経ったときにはすでに転職を考えはじめていた。

それでもずるずる働いていた理由は、ぬるま湯に浸かりすぎて辞める完全にタイミングを見失ったからだ。

楽だった。とにかく、仕事が楽だった。

 

残業で帰れない、と世間の人々が嘆いている中で、

就業時間である18時の1分前からタイムカードの前に立ち、秒速で帰る。

もちろん社長もタイムカードの前に並ぶ。

「あと1分かぁ、この1分が長いんだよな」とぼやきながら。

ちなみに朝も1分前に走って出社。従業員の多くがこうだった。

 

台風の予報が出たら休み。雪の予報が出たら休み。

例え予報が外れて、当日が晴天になったとしても休み。

 

探偵社には毎日のように仕事が舞い込んでくるわけではない。

不倫調査や行方調査、盗聴発見、婚前調査などなど調査の種類はたくさんあったが、

月の三分の一以上は暇だった。

 

オフィスの壁にはダーツが掛けられ、暇を持て余すと誰かがダーツを投げた。

コインマジックを練習したり、タロット占いの練習をしたり、ユーチューブでふつうに何本か映画を観たり、

おや、私は一体なにしに来ているんだっけと思うくらい自由に過ごしていた。

 

3時になるとおやつタイムで、机に突っ伏して寝ていた社長が起き、

「お菓子買ってきて~」と金を渡してくるので、私は札を握ってケーキを買いに走った。

おかげでデパ地下に置かれているお菓子には少々詳しくなった。

 

 

とはいえもちろん仕事もする。

 

まずオフィスでの仕事は資料確認をしてから事前調査、情報まとめ、報告書作成、行方調査のビラ作製。

そしてネットで風俗嬢やキャバクラ嬢探しだ。

 

今や探偵が「迷い猫探し」なんて時代ではない。

出会い系で出会った「ぼくの猫ちゃん探し」が主流である。

 

ネットでやりとりしていた猫ちゃんは、そのほとんどがサクラではあるが、

長くメールをして課金をしていた依頼者はそれを信じてはいない。

 

この猫ちゃんを探してくれ!と、半分狂った状態で依頼してくる。

 

「病気になって入院しているから連絡が取りにくいんだって。会いたいって毎日言い合ってるのに。なんとかしてあげたい」

純粋な人はたくさんいる。どれだけ警察が注意勧告してもこの世から詐欺がなくならないわけだ。

 

このような案件の場合、

「このサイトは悪質出会い系サイトとして有名みたいですよ」

と出会い系の悪い噂を伝えたところで、依頼者はやりとりしていた猫ちゃんのほうを信じる傾向にある。

 

だから探偵社としては、出会い系サイトで公開された女の子の顔が、

どこからか拾ってきた画像を使用しているだけであり、猫ちゃんは存在していないことを証明するしかない。

 

顔出ししている風俗店の女の子は出会い系のサイトで画像を無断使用されていることが多いため、

膨大な量の風俗店サイトの中から依頼者の猫ちゃんと同じ顔を探す、という気の遠くなるような作業を行う。

 

真昼間の社内。

みんなが真剣な顔で風俗店サイトを見ている光景はなかなかシュールだ。

私は関東一「18歳以上ですか?」表示を見た素人女と言っても過言ではない。

あとはラブホテル、ハッテン場、様々な種類の出会い系サイトやソープ街情報などもよく閲覧した。

ほぼ一日中そんなワードばかりネットサーフィンしていたのでそこらへんの話題に対してかなり詳しくなった。

 

 

もちろん調査のために外出もある。

探偵というと尾行のイメージだが、私はそれはほとんどやらなかった。

 

とはいえ、一応尾行の研修はおこなう。

 

顔写真や特徴などの情報をもらい、それを頼りにして会社から出てくる対象者をキャッチして、目的地まで尾行するという単純なものだ。

 

尾行失敗することを「失尾」といい、

対象者に調査がバレてしまうことを「発覚」というのだが、

相手を見失うことなく、かつ相手にはこちらの姿を見られず、何時間も集中して調査を続けるというのは思いのほか難しいことだ。

尾行って、想像するよりずっと難しい。

 

仲間内などでも試してみてほしい。

やってみたらわかると思うのだけど、

人って不思議なほど曲がり角で唐突に消えるものだ。

 

ちょっと目を離したすきに人ごみにまぎれて消えたり、

角曲がってすぐの店に入店したり、自販機で飲み物を買うために立ち止ったり、急に走って電車に乗り込もうとしたり。

 

研修では失尾6回の発覚10回で、最低最悪なへっぽこぶりを発揮。

そのせいで尾行は数回しか任されなかったんだと思う。

 

その代わり、外仕事でよくあるのは、

行方調査のビラ配り、事前調査のための現場写真撮影、対象者の資料集め、聞き込み。

法務局で人の家の登記簿は死ぬほど取った。

 

そして潜入調査だ。

身分を隠してあらゆるところへ潜入し、周りの人からさりげなく話を聞いたり、

ときには対象者本人に直接話をしたりしながら情報を集める。

だからみんなたくさんのハンコと、それっぽい偽名と偽職の名刺を常に所持していた。

 

あるときは大学生、あるときは結婚相談所の女、

対象者の同級生のふりをしたり、主婦になったり。

と、いろんな人物になりきったので口から出まかせを言うのはほんとに得意になった。

 

もちろん胸ポケットには小型カメラ内蔵のボールペン……

そしてボイスレコーダー……

非常に探偵っぽい。

本当にいるんだ、と自分で使いながら思っていた。

わくわくした。

なんだか少し悪いことをしている気分で、探偵という仕事に浸っていた。

だいぶミーハーだった。自分めっちゃコナンやん。と調査するたび思っていた。

 

 

私が働いていた探偵社はあり得ない程ゆるゆるな会社だったけれど、

それでもたくさんの人間の汚い部分、黒い部分、アホな部分を見て、世の中は思った以上にクソだということを知った。

とはいえ調査をする側だって変わらない。

いくら依頼されているからとはいえ、必要な情報や決定的瞬間を得るために大きな声ではいえないような悪知恵を働かせて、ずかずか人の人生に踏み込むのだから。

 

ただ、私はこの仕事がすごく好きだった。

ばっちり証拠を押さえる調査員たちはとてもかっこよかった。

普段はすごくゆるいけど、濃い経験もたくさんできた。

 

22歳だった若い私は、普通の社会人としてのスキルを得るより先に妙な知識を吸収しまくった。

それが今に活かされているのかはわからないけれど、信じられないようなネタはいっぱい掴んだのでよしとしよう。

 

また別の機会に、ちょくちょく小出しにしていこうと思う。

へっぽこ探偵の話でよければ。

 

エッセイ

Posted by ayapan