[エッセイ]わたしの子役時代

 

子役って、子供なのにみんな大人びていてなんだか怖い。

子供の頃から芸能界に揉まれたら性格悪くなりそう。

 

子役に対してアンケートを取ったわけではないけれど、
世間的にそんなイメージがあると思います。

子供のくせにやけにしっかりしていて、演技がうまい代わりに、純粋な子供らしさがないような。

 

 

実は、0歳から12歳まで、某モデル事務所で子役をしていました。

 

芸歴12年ですよ。
そう考えるとわりと長い。

 

ですが、子役時代の話は当時を知っている友達以外、あまり詳しく話したことがありません。結構ちゃんとやってたけど、特にこれまで話す機会はなかったように思います。

 

引退した理由は
「友達と遊びたい!」
という、ただこれだけでした。

 

人気すぎて遊べないほど仕事があった、というわけでもないけど、
今もですが、私は拘束されるのが大嫌いなので
突然撮影が入って遊びにいけないという束縛された環境が厭だったわけです。

 

「楽しみにしている今日に限って仕事が入るかもしれない」
という精神的拘束にも耐えられませんでした。

 

私は最後の最後まで、とてつもなくガキでした。
本気で役者やモデルになりたいと熱望するような、大人びた子役にはまったくもってなれなかったのです。

 

 

子役はだいたいがマネージャーではなく母親と一緒にオーディションに来ています。

マネージャーと一緒に来てる子は、なんかちょっとドヤってます。

 

「私なんかマネージャーついてるんだぞすげーだろ」みたいな。

 

 

母親たちはなんとしてでも自分の子を有名にしたい、と考えているのか、
オーディション直前まで、面接官から聞かれるであろう質問事項を繰り返し練習したり、
少しでも可愛く見せるように髪型を調節したり余念がありません。

 

子供より、親同士の睨みあいのほうが怖い。

 

子供は何もわからないうちに連れてこられている感覚です。
でも、受かるとお母さんが喜ぶから、頑張るわけです。

なんて健気なのでしょう!泣

 

私の母親は習い事感覚で連れてきていたので、
「受かったらいいねー」というゆるいスタンスでした。

だから私は、自分自身が負けたら悔しいから勝つ!という単純な感情でオーディションに臨んでいました。

今思うと母は、プレッシャーに弱い私の性格をわかっていたのかもしれません(笑

 

CMとかドラマのオーディションだと物によって異なりますが第四次、五次くらいまでオーディションがあり、数百、数千人規模。

合格者が次々と呼ばれ、落ちた人は母親と泣きながら帰宅、
勝者はだんだんピリピリしてくる雰囲気の中で何千人の中から最後の1人になるまで戦わなければならない。

 

オーディションでは「創作ダンスをしてください」とか、「今泣いてみてください」とか、無茶ぶりをしてきます。
(私も瞬時に泣くのは得意になった。ちなみに想像するのは「さよならドラえもん」ののび太の台詞でした。)

あんな経験を毎度していたら、そりゃあ少しは生意気で、「私が一番よ!」みたいな性格になってもおかしくないのかなとは思います。

 

私みたいな、

「投げる瞬間にケツを見られるし、投げたあとにどうリアクションとるのがベストなのかわからないからボーリングにいけない」

「茶色いものばっか頼みやがって、と思われそうだから居酒屋で揚げ物とか注文できない」

というような、アホみたいに気にしぃな人間では、例え続けていたとしても芸能界で生き残ってなんかいけません(笑

気にしたら負け、みたいな世界ですもんね。

 

 

たとえオーディションに受かっても、現場に行ってみないと役がわからないという恐ろしい場合もありました。

台本を読んでみると、あきらかに目立つ主役がA子。B子は顔がよく映らない。

 

もし自分がB子になってしまったら・・・
オーディションを勝ち抜いてきたというのに、ここに来て、最終審査みたいな。

演技らしい演技なんて勉強したことないけれど、
舌ったらずにも関わらず頑張って、私はそのA子役をゲットしました。

 

そのCMがこちら(笑

↓↓↓

 

隣の子をくっそ睨んでますw
何テイク撮ったんだろう・・・かなりの時間撮影してたと思う。
最後のママーーーー!の絶叫は、私の疲れた心の叫びです。
マクドナルドのCMは受かったときは嬉しかったな~

まぁ偏食だった私は、ハンバーガーなんて食べられなかったんですけど。

 

 

子役だとまだ歯が生え変わる途中なので、
必要になってくるのは入れ歯。

写真や映像に残るのに歯抜けではダメなので。
たまにそういう歯抜け状態がいいという需要もありましたが。

 

いつオーディションや撮影になるかわからないので、私は常に入れ歯を持ち歩いていました。

IMG_7299 (1)

なんか捨てられない思い出の入れ歯。

 

 

小学校にはもちろんきちんと通っていましたが、
撮影がある時期にはなかなか学校に通えなかったし、
一番忙しかった頃は、給食を食べている途中で親が迎えに来て現場やオーディションに行くみたいなこともしょっちゅうでした。

校内放送で呼ばれ、慌てて準備して帰る、っていうこともあったので、
なんか生意気!とか、偉そう!みたいに思う人がいたら、真っ先にいじめの対象になってしまいそうなもんです。

 

でも幸い私の学校の子は本当にいい子ばかりで、
私が出ている記事やなんかをスクラップして持って来てくれたり、CMを録画してくれたり、めちゃくちゃ応援してくれていました。

環境に恵まれていたなと思います。

ただ、第一印象はやっぱり「モデルやってるから恐い人なのかと思ってた」というのが多かった。世間のイメージはそういうもんです。

 

私ごときでこんなに学校生活が変わるような日常を送っているんだから、
芦田○菜ちゃんなんかいつ学校行っていつ勉強してたんだろ、と本気で思います。

あの子のバイタリティはすげぇ。

 

 

劇団に所属する子役は、週末は演技や発声の練習をし、
ある程度ピカピカに磨かれた状態でオーディションにやってきます。

 

私はモデル事務所だったので、そんなレッスンは一切受けません。
たまーにウォーキングのレッスンがあるくらい。
それも1回しか出たことはありません。

 

演技はくそ大根もいいところ、先ほどのCMをみてお分かりの通り、滑舌も悪くて言葉が聞き取れないという最悪な子役でしたが、

演技は苦手なのでとにかく「オーディションで大人を笑わす」ということに関して人一倍情熱をささげ、笑わせたもん勝ち、という気持ちで得意のドラえもんのモノマネを毎回やっていました。

 

 

そんな私でしたが、まさにこんな自分にしかできない仕事が舞い込んだのです。

 

「大根演技で、滑舌の悪い子どもっぽい子ども」

という風変りな監督さんの要望でドラマの出演が決まったのでした。

 

「いとしの未来ちゃん」

という、土曜の夜にやっていたドラマ。
変わった監督さんは、片岡Kさんという方です。

私の趣味はここで決定したかも、というくらいシュールで奇妙な作品。

 

私はこれのストーリーテラー役、つまり「世にも奇妙な物語」でいうところのタモリの役として毎回出演することになりました。

 

一話ずつ違う物語のオムニバス形式で、不思議な物語が人気のドラマでしたが、
タイトルが

「時計仕掛けのオレンジ」

「青いパパイヤの香り」

「シザーハンズ」

など、名作映画のタイトルそのまんまなので、著作権に引っかかってDVD化できないらしい。

私が映画を好きになったのも、これに出演して、タイトルになっていた映画を観ていったことがきっかけです。

IMG_8398

画質ひどいね。

 

 

さて。

子役をやってよかったのは、いろんな経験ができたこと。

ADさんがプロデューサーからゴミ扱いされてボロクソに言われているのをみて、世の中の厳しさを知ったし、
真冬の海で水着で踊る撮影では根性が身に着いた。
どうすれば自分を売り込めるかという意識とか、
ひとりで知らない人間の中に飛び込んでいく度胸とか、勝負強さみたいなものも養えたかもしれません。

人格形成に大きく影響しました。

いい経験をしたと思います。

 

それにしても・・・

やっぱり気になるのはお金の話。

 

 

ギャラがいくらだったのか、

私はいくら稼いだのか。

 

それは大人になった今でも教えてもらえていません。笑

 

エッセイ

Posted by ayapan