[映画]ボヘミアンラプソディを観て一年分の涙を流してきた

[映画]ボヘミアンラプソディを観て一年分の涙を流してきた

 

11月9日。

映画公開日を楽しみにして待ちきれなかったのは、かなり久々のことだった。

 

クイーンの映画をつくる、と言う話は噂程度でも十年ほど前から聞いていて、

でもそのたびに「キャスト選びに難航」であったり、「撮影は見送り」などの話題も持ち上がって、

これは横浜駅みたいに、もうすぐ完成だとか作ってる最中だとかといって結局なかなかできあがらない夢なのではないかと、正直諦めかけていた。

 

それで、ようやくだ。

クイーンファンは相当長いこと、この時を待っていた。

 

しかし私は出来上がった作品の宣伝が盛り上がれば上がるほど、

期待よりも

「本当にやるの?大丈夫?完成度は?」

と疑いの眼と不安、そして「大コケしたらフレディは怒るだろうなぁ」という心配が先に湧き出てしまった。

 

そして公開初日。

まぁ泣くだろうなと予想はしていたので、タオルを手に握りしめ、

前情報はほとんど仕入れずに映画に臨んだ。

フレディの生い立ちやクイーンの歴史は過去に読んだ雑誌や本でいやでも頭に入っている。

だから、少しでも新鮮な驚きと感動を味わいたかった。

 

劇場が暗くなり、冒頭、20世紀フォックス映画のタイトル。

鳴り響くファンファーレ。

 

いやしかし、驚いた。

 

まだ映画が始まっていないのに、私は泣いたのだ。

こんな初っ端から鼻水だらだらで泣くなんて自分がいちばんびっくりしたけど、隣りの席のサラリーマンも私を見てびっくりしていた。

 

 

なんで泣いたか。

だって、ファンファーレがギターなんだもの。

しかもあの、聴きなれた、力強いけれどどこか涙がでてくるような懐かしい、クイーンのわたあめ担当、ブライアン様のギターなのだもの。

 

この時点でしっかり心を掴まれ、号泣する私にさらに追い打ちをかけるように

「somebody to love」が流れる。

 

そしてライブエイド出演直前のフレディの姿が映し出される。

 

私の一番大好きな、フレディの背中。ぴょんっと跳ねる姿。

まるで試合前のボクサーみたいな、興奮を隠しきれないあの動き。

 

私は「フレディかわいいよー」と泣きながら悟った。

これから私は、きっとすごいものを観る。

フレディが生きていた時代を、クイーンが伝説になった時代を全身で感じることができると。

 

 

そのあとのストーリ―は、クイーンファンとしてではなく、

一人の映画ファンとして思い入れもひいき目もなく、単純に初見の映画として鑑賞した。

 

これはあくまで映画だ。

だからこの映画が「クイーンのクイーンによるクイーンファンのための映画」だったら、私は寂しい気持ちで映画館をあとにしていただろう。

あくまで一般の、クイーンになにも興味がない人たちでも観に行きたい!また観たい!と思える内容でなければいけないと思った。

ただの内輪ネタになってしまっては困るのだ。フレディも喜ばないだろうし。

 

 

でもたぶん、この映画に関してそれは心配無用である。

「クイーン? あー、あの胸毛のおじさんのね」

みたいな気持ちで観に行っても、

「クイーン? あー、聴けばわかるかも」

みたいな人が観に行っても、

たぶん映画が終了した頃には

 

「フレディ――――――!!!!泣」

 

となっているはずだ。

 

「ジョン!!!泣」

となることもあるかもしれないがそこはご自由に。

 

 

さて。

これから観に行くクイーン知らない勢にまず覚えておいていただきたいのは、クイーンは1973年に結成してから一度もメンバーチェンジをしていないということ。

もちろん今でも解散もしていない。

 

ロック界の常識としてメンバーなんてころころ脱退や加入を繰り返すのは当たり前。

解散して新しいグループもバンバンつくる。

 

バンド仲間なんてただのビジネス上のお付き合いさ……っていうクールなバンドが多い。

 

そんななか、クイーンはメンバーを「家族」といってしまうような、強い絆をゴリゴリだしてくるから奇跡なのだ。

マンガみたいでしょ。

 

映画ではわりとあっさり人気になった感じで描かれていたけれど、実際はデビューしてからも不遇の時代は長く続いて、イギリスの音楽評論家には「しょんべん桶」なんて言われたりもしていた。

それがやっとヒット曲に恵まれて人気バンドになり、メンバーみんなで子どもみたいに喜んで、でも売れたことによってケンカが起こって、もう解散だ!みたいになって、でもまた乗り越えて、最終的にライブで心をひとつにして全世界を魅了する……

っていうありえないくらい奇麗で熱い展開、集英社のマンガですか?って感じでしょ。

 

映画の構成上、時系列を入れ替えたり、脚色を多少加えていたにしても、それにしたってまさに小説より奇なり、である。

だからストーリーとしては間違いなくワクワクする展開がたくさんあるし、飽きて眠くなるようなじれったいシーンがひとつもない。

映画って、冒頭の物語が動き出す前であったり、途中に中だるみが生じがちだけれど、

ボヘミアンラプソディに関しては退屈な瞬間が一切訪れないのだ。

 

なんてったって、誰よりも退屈を嫌ったフレディの映画だしね。

 

 

バンド面のストーリーだけでなく、この映画に関してはフレディの孤独とマイノリティの苦悩についても特筆しなければならない。

 

いま、日本でもLGBTの運動が盛んになって、差別的発言には敏感になっているけれど、

そんな時代にボヘミアンラプソディが公開されるというのは、奇跡的なタイミングだなぁと思う。

 

自分が何者なのかわからない。

周りにたくさん人がいるのに、なぜか充たされない。

寂しくて堪らなくて、だからまたパーティーをするけれど、

自分はほんとうにうまく笑えているか判らない。

 

こういう、誰でも共感できる悩みがたくさん描かれている。

ロックスターとしてだけでなく、人間的に苦悩する部分が細かく表現されているから、

ストーリーに深みが増して、フレディという人の人生に入り込んでより映画を楽しめるのだ。

 

そして、

ラストシーンのライブ。

ここにはフレディの歩んできた人生やバンドの絆、愛情、すべてが詰まっている。

悩んだ結果、フレディはどんな答えをだしたのか。

どうしてクイーンは伝説になったのか。

 

ぜひ、we are the champions の歌詞をじっくり読んでから観に行ってほしい。

 

映画を観る前と後では、感じ方がまるで違うことがわかるだろう。

どれだけの気持ちが込められて歌っていたのか、映画を観た人にはフレディの想いがきっと伝わるはずだ。

 

 

 

烈しい興奮と大号泣で疲れ果て、私は映画を観終わった。

スカッとするだけで終わらない、これから起こる悲しみを予感させるようなエンドロールの音楽は、フレディがクイーンとして最後に発表した絶唱だった。

 

泣き終えたと思ったのに、私はまた泣いた。

 

 

フレディ、あなたの残したものはまだこんなにも多くの人に愛されて、

たのしませてくれるよ。

 

ありがとう。

 

 

映画館をでて、ぐちゃぐちゃの顔でトイレへ駆け込み、

私はまっさきにスマホのカレンダーを確認した。

 

そして、次いつ観に行くか思案し、今度は絶対にバスタオルを持っていこうと誓った。